唐十郎と、もう一人の盟友・清水邦夫。「劇詩人」である二人が常に蜷川に刺激を与え続けた。シェイクスピア、ギリシャ悲劇、同時代を生きた三島由紀夫、村上春樹ら日本の作家たちの作品にも影響を受けながら、次々と舞台にした。演劇評論家・翻訳家の松岡和子は、蜷川本人だけでなくスタッフの意見も取り入れながら、フリージャズセッション風の演出になっていったことを指摘していた。公演の歴史を辿ると、ジュリーから始まり、ジャニーズのタレントたち、小泉今日子ら、アイドルも多く舞台に登場させていた。蜷川は、アイドルという存在を積極的に捉えていた。多くのファンの憧憬の視線を受け止め、人気という不確かなものの上に立っているのを自覚して世界や人間を見ている彼ら。そんな素質が、優れた表現者になるのは当然だと。アイドルを見にきたファンに芝居を見せて帰す。観客を巻き込んだ化学反応で芝居を成功に導いたという。
2019年5月に見た「海辺のカフカ」。村上春樹作品で海外巡演も行われ好評を博した。赤坂ACTシアターで見たのは、寺島しのぶ主演で工夫を凝らした舞台装置に感心したのを覚えている。舞台化が難しいと言われる村上作品。哲学者の内田樹は、「海辺のカフカ」という作品に神話的構造を見出し、それゆえに舞台化が可能になったと喝破していた。蜷川は演出の狙いについて「壮大な物語に散りばめられた小さく美しいディテールをとらえること」と言っている。印象的な神話的ディテールを取り出し、磨き上げて、提示すれば、それだけで神話として機能し始める。それを直感的できるのが演出家の能力なのだろう。

蜷川幸雄の仕事 (とんぼの本) - 蜷川 幸雄, 山口 宏子




