2025年04月20日

春の数えかた

動物行動学者・日高俊隆さんの「春の数えかた」(新潮文庫)を読む。一世を風靡した名著「利己的な遺伝子」(リチャード・ドーキンス)の訳者で、その方面の著作を一時は読み漁ったものだった。書名の「春の数えかた」は昆虫たちの有効積算温量の話。久しぶりに日高さんの著書を手に取り、生きもののあらゆる行動には目的と意味があることを学んだ。

頭に残ったのは「人里」という言葉。日本ホタルの会の活動として、人里をつくることを目指した。人里とは、人間が人間の論理で生活し、いろいろ活動しているが、決して自然の論理を潰しきってしまわずに、自然の論理と人間の論理が絶えずせめぎ合っているような場所。ホタルはそんな人里の象徴であって、ホタルが大切なのではない。いろんな生き物がそれぞれの論理で極めて利己的に生きており、それが「共生」だという。人と自然との調和なんて言うが、そもそもそれぞれのロジックのままにすること、無理に調和を作り出さないことが大事だという。

ツバメはスズメを避けるため人家の軒下に巣を作る。人通りの多いところの方がスズメは寄ってこない。ツバメが巣を作る家が繁盛するのではなく、繁盛して人が行き来するところにツバメが営巣するのだと知る。多くの動物は人が思っている以上にしたたかなのだ。カマキリの卵の積雪予知能力にも興味深い研究として触れていたが、これは近年、否定する論文が出ている。科学エッセイを読むときは最新の学説にも注意しないといけないと思った。

春の数えかた (新潮文庫) - 敏隆, 日高
春の数えかた (新潮文庫) - 敏隆, 日高
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2025年04月18日

クララとお日さま

カズオ・イシグロの「クララとお日さま」(ハヤカワ文庫)を読了する。ノーベル文学賞受賞後の第1作で、AIがテーマ。秒進分歩の世界でAI分野の発展は目を見張るものがあるが、この作品はAIを搭載したロボットが見た人間世界を描く、いわゆるディストピア小説だ。

クララはA F(artificial friend)=人工親友で、子どもの遊び相手、相談相手として家庭に入り、使用人として暮らす。病弱な少女ジョジーとの友情を育みながら、複雑な家庭の事情やロボットへの冷たい眼差しに耐えながら、人の心を持ったA Fとして成長していく。人の指示した通りにしか動けない現在の大方のロボットと違い、高い学習能力と豊かな感情を備えているのがミソ。人間同士と同様に信頼を得ることができるかが物語のカギともなっている。

未来の英語圏のどこかの国が舞台。遺伝子工学やAI技術の発達による恩恵を受けるのはカネを持つ者で、富者が優位な立場にある格差社会という意味では今と変わない。社会的エリートを目指す風潮、異質な者を排除する差別意識も相変わらずだ。大きな力を持つお日さま=神様は、原始宗教を思わせる。純粋な心を持ったクララの目を通して描く未来予想図だと思った。

クララとお日さま (ハヤカワepi文庫) - カズオ イシグロ, 土屋 政雄
クララとお日さま (ハヤカワepi文庫) - カズオ イシグロ, 土屋 政雄
posted by あぶりん at 15:57| Comment(0) | 読書日記 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年04月14日

唐十郎 襲来!

劇作家・唐十郎さんの追悼出版「唐十郎 襲来!」(河出書房新社)を読む。2024年5月に亡くなってからまもなく1年。縁の人たちの寄稿やインタビュー、生前の対談などを通して、唐さんが創り続けた特異な演劇世界に触れた。演劇だけでなく、残された小説も読んでみようかと思う。

テント芝居を初めて見た時の衝撃は忘れない。ストーリーなど全く分からず、ただ熱気だけば迸る。そして、ラストで舞台の背景が倒れて現れる現実空間に浮かび上がる主人公。「観客に胸騒ぎを起こさせたい」(久保井研)という狙いにまんまとハマった雑司ヶ谷・鬼子母神の夜を今でも思い起こす。役者が観客を作るのだと言い、芝居の後は恒例の酒盛り。あの輪の中に入る機会を逃したのは悔やまれる。

日常も芝居がかっていた唐さんは、「佐川君からの手紙」で芥川賞をとって小説に傾いたこともあったと知る。でも、頭に大怪我をするまでの間、多くの傑作を書き、数多の演劇人がその戯曲を舞台にしている。水が舞台をにぶちまけられる場面の多い作品の数々。作家の澁澤龍彦は、「水の詩人」と唐さんのことを称した。かつては警察沙汰を起こし、時代と状況を問い続けた稀代の演劇人だが、あの紅テントは安藤忠雄設計で(資本主義の先頭を走っていた)西武流通グループの協力で設営されたという。アンビバレンツな面があるのも唐さんの面白いところだと思った。

唐十郎 襲来! - 唐十郎
唐十郎 襲来! - 唐十郎

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