「その日その日を送るに成りたけ世間へ顔を出さず金を使わず相手を要せず自分一人で勝手に呑気にくらす方法を色々考案した結果の一つが市中のぶらぶら歩きとなったのである」。荷風はそう述べて東京の街を巡る。淫祠(いかがわしいものを神としてまつる)や樹木、寺、水、路地、空き地。崖、坂、夕陽など、伝統ある古いものを壊し西洋風にしてしまう風潮を嘆きつつ、あくまで観察者として歩き続ける。
散策は文士として、きわめて孤独な文学的行為だったと、川本三郎の解説にはある。昭和の初めの時代の空気、まだ明治がすぐそこにあった頃の日本。言葉遣いや政治家、新聞記者からカフェーで働く女性までいろんな職業の人たちに世間が向ける眼差しが、今とは随分と違っていて面白かった。

日和下駄 永井荷風 講談社文芸文庫
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