帚木蓬生さんの「ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力」を読む。精神科医で小説家の氏の持論が展開されていて、医療から芸術、教育にわたる広い範囲で「不確かさの中で事態や情況を持ちこたえ、不思議さや疑いの中にいる能力」の必要性を説く。早急な結論が持て囃され、過激な意見に飛び付く昨今の風潮やマニュアル重視の教育現場へ警鐘を鳴らしていて、共感できるところが多々あった。
ネガティブ・ケイパビリティという言葉・概念は、英国の詩人キーツが最初に使い、精神科医ビオンらが精神分析の現場で再発見した。人間は「分かりたがる脳」を持っていて、それが人類の進歩に繋がったのだが、ポジティブ・ケイパビリティが一方的に重視され、医学界では特にその傾向が顕著となった。氏は自らの精神科医としての診療の中で、ネガティブ・ケイパビリティの重要性を知り、実践として行ってきたという。
シェークスピアや紫式部は、ネガティブ・ケイパビリティを備えた人で、それが歴史に残る文学作品を生み出すことになったという。源氏物語については、大河ドラマ「光る君へ」程度の理解しかないので、深く感銘はしなかったが、医療の話には頷く点が多かった。主に終末医療における治療では、手の施しようがない場合にこそ、ネガティブ・ケイパビリティの出番と説く。「日薬と目薬」という言葉で、「日薬」は気長に時間をかけて対応することの大切さ、目薬は「あなたの苦しい姿は主治医である私がこの目でしかと見ています」という意味。人は誰も見ていない所では苦しみに耐えられないが、ちゃんと見守っている目があると耐えられるものだという。「人の病の最良の薬は人である」(セネガルの言葉)。現代医学では、怪しい者の代表のように言われる「伝統治療師」(呪術師?)も日薬や目薬を活用した試みで、プラセボ(偽薬)効果も、明るい未来を望む脳の習性を応用したものだという。
ネガティブ・ケイパビリティ 答えの出ない事態に耐える力 (朝日選書) - 帚木 蓬生