イラクといえば、フセイン独裁政権とクウェート侵攻、米国によるフセイン打倒が思い浮かぶ。その後、内戦が続き国内の治安は乱れ、とても外国人が足を踏み入れる国ではないというのが一般的認識だろう。それだけに南部の湿地帯が世界遺産に認定されたことなど知る由もなし。最古の国家シュメールからメソポタミア文明が起こったチグリス・ユーフラテス川流域のアフワール(巨大湿地帯)。葦が生い茂り迷路のような水路を古代の船タラーデで冒険しようという試みを記録したのが本書だ。
アウトローやマイノリティーが逃げ込む「梁山泊」アフワールを潰すため、運河を建設して水を断つなど、弾圧を続けたフセイン政権だが、地元の人は「どの宗教も宗派も同じように扱い、自分に刃向かう者だけを弾圧しただけ。だからセクト間の対立はなかった」という。米国の介入が今の混沌を生み出すことになった。皮肉な話だ。
以下、気になった話。
・湿地帯に住んだマンダ教の人々はグノーシス的な思想を完成させた。「この世界は間違った神によって創られた間違った世界だ」「正しい認識を持つエリートが大衆を救う」といった思想上の潮流だ。迷路や荒地のような所で育まれた思想なのかもしれない。
・フランスの文化人類学社レヴィ=ストロースが提唱した概念「ブリコラージュ」。有り合わせの材料で自分で物を作るとか、その場しのぎの仕事という意味で、現代文明の「エンジニアリング」と対照をなす。そのブリコラージュがアフワール周辺の人々の間には息づいている。タラーデ作りはその典型だった。
・ゲッサ・ブ・ゲッサは一夫多妻制の中の用語で、お互いの親族を嫁として取り替えっこすること。

イラク水滸伝