中沢新一の「精神の考古学」を読了した。チベット仏教の真髄を求めて、秘境で修行した20代の頃からの冒険記。チベット語の難しい言葉や哲学が出てきて、分からない箇所もあったが、精神のアフリカ的段階を極めようとする、その行動力と意志の固さに脱帽した。
縄文聖地巡礼やカイエ・ソバージュなど思想家・人類学者としての著作を愛読してきたが、中沢さんがこうした鍛錬の場で過酷な修行をしたとは知らなかった。中国共産党政権が弾圧を続けるチベットは、政治的な動きをたまにニュースで知るくらいの知識しかなかった。古代から秘密裡に伝えられてきた精神の教え「ゾクチェン」。ネパールでケツン先生と出会い、その修練の過程を具に記録した。
・資本主義社会では、死の領域につながるパサージュが閉鎖されていて、生み出された夥しい富が循環せず全体に豊穣をもたらさないシステムを作ってしまっている。チベットの祭りで化粧した牛や犬は優しさに満ちた表情で人間たちに、社会を生き延びるための「メメント・モリ(死を思え)」の教訓を教えようとしていた。
・ガイジャトラの祭り(日本のお盆のようなもの)は、生者だけがこの世界の住人ではないことを自覚させる。生の世界は広大な死の世界に包まれおり、私たちは短い間だけ死の領域を出て、こちらの世界を楽しんだ後、再び死の領域に戻っていく存在であるという、人類の古くからある認識を思い出させる。
・ムンツァム(暗黒瞑想)の体験をすると、人の心のとてつもなく大きな慈悲心が湧き上がる。有情に対する共感と同情が込み上げてくる。人類が皆こういう体験をすれば世の中はもう少しよくなる。
その時々に書かれた記録や思索はネパールの空気のように澄んでいて、活字を通して青空や流れる水を体験した気分になった。秘儀の体験を言葉にする困難さもあり、内容はあまり理解できなかったが、時を置いてもう一度読んでみようかと思った。

精神の考古学
- 作者: 中沢新一
- 出版社/メーカー: 新潮社
- 発売日: 2024/02/15
- メディア: Kindle版