2024年05月26日

センスの哲学

「センスの哲学」という絶妙なタイトルに惹き寄せられて本を手に取った。立命館大の千葉雅也教授著。センスとはそもそも何なのかという命題の解説より、美術が興味のメインにある著者が芸術全般への接し方を説き、暮らしに芸術を取り入れることを勧めるくだりに心を動かされた。


例えば絵画。作品の意味を理解するだけではなく、絵画の中にリズムを見出す鑑賞のあり方を説く。映画も音楽もリズムで読み解くことができ、Chat GPTの生成する文章は、脱意味化されたリズムであると。ライフハックとして、何かをやるときには、実力がまだ足りないという足りなさに注目するのでなく、「とりあえず手持ちの技術と、自分から湧いてくる偶然性で何ができるか」というふうに考えるという。


・芸術に関わるとは、そもそも無駄なものである時間を味わうことである。

・現実の目的達成と違い、芸術は多様性や相対性を教えてくれる。人生のリズムもいろいろでいいじゃないかと。

・映画でも真意を見抜けるだろうかと自分を責める見方はしない。自分にはここが気になる、それだけでOK。



センスの哲学 (文春e-book)

センスの哲学 (文春e-book)



  • 作者: 千葉 雅也

  • 出版社/メーカー: 文藝春秋

  • 発売日: 2024/04/05

  • メディア: Kindle版





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2024年05月09日

安部公房の芥川受賞作「壁」を読む。1951年、27歳の時の受賞作品。解説によると、砂漠や壁といった安部の好むモチーフが出ていて、その後の作品につながっていったという。


S・カルマ氏の犯罪、バベルの塔の狸、赤い繭の3部構成だが、第2部のバベルの塔の狸が一番面白かった。影を盗まれて透明になった男(眼だけは見える)と、影を食べた狸。寓話の建て付けで人間の実存について語る。


どの物語にも壁(都会の片隅の狭い部屋の中など)が出てくるのだが、読んでいて村上春樹の「街とその不確かな壁」に出てきた風景を頭の中に思い描いてしまった。シュールレアリスムの世界観、どこか通じるものがあるような気がする。



壁 (新潮文庫)

壁 (新潮文庫)



  • 作者: 公房, 安部

  • 出版社/メーカー: 新潮社

  • 発売日: 2024/05/09

  • メディア: 文庫





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2024年05月05日

逃げ切れた夢

光石研主演の「逃げ切れた夢」をアマゾンプライムで見る。北九州出身ということで兼ねてから親近感があったが、主演映画を見るのは初めて(それまでに主演があったかどうか知らないが)。中高年の侘しさ、寂しさが出ていて、切ない気持ちになる映画だった。


定年間際の定時制高校の教頭先生という役柄。悪い人ではないんだろうが、どこか小心で不安気な表情は実に光石らしい。冷え切った家庭(妻役の坂井真紀がとても冷たくて怖かった!)、しらけた学校、旧友との仲も随分と疎遠な様子。自身が記憶を失くす病気と分かり、急に周囲とコミュニケーションを取ろうとするが、気持ち悪がられて却って浮いた存在になってしまう。


全編を通して会話場面での沈黙の長いこと。喋っている部分より会話がない時間の方が長かったような気がする。これも、一生懸命に言葉を探す主人公を際立たせる、二ノ宮隆太郎監督の狙いなのか。教育現場の大変さがよく出ていたし、妻と夫の関係についても、身の置き所がない嫌な雰囲気がよく出ていたが、一番耳に残ったのは北九州弁「しゃあしいちゃ」(友人役の松重豊)かな。



逃げきれた夢 [Blu-ray]

逃げきれた夢 [Blu-ray]



  • 出版社/メーカー: Happinet

  • 発売日: 2023/12/06

  • メディア: Blu-ray






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2024年05月03日

わしの眼は十年先が見える

倉敷に紡績会社を興し大原美術館に名前を残す「大原孫三郎の生涯」と副題のついた評伝。かの城山三郎の著作である。先日行った岡山・倉敷観光の折に見つけた文庫本をさっそく読了した。


ストレートなタイトル通り、先進的な取り組みを企業の枠からはみ出して行い、孤児院や社会・労働問題研究所、病院などを次々と立ち上げた。孫三郎は、企業の本分は人を育て、地域を繁栄に導く社会貢献にありとの信念を貫き通したという。


石井十次をはじめ多彩な友との出会いを大事にし、学者や社員らを海外へ送り学ばせた。知識や経験を「自得」することが大事とし、自らはもっぱら耳学問で「不学の大学者」と呼ばれたのが面白い。地方の資産家に群がる人たちに気前よく金を出したようで、いわゆるノブリス・オブリージュを実践した人と言える。もちろん毀誉褒貶はあったろうが、明治の気骨のある人だったらしい。企業群や美術館に加え、有名な研究所や倉敷中央病院までも作った人だとは知らなかった。人との出会いの大切さを教えてくれる一冊だった。


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大原美術館のホール


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赤い屋根が印象的な倉敷中央病院



わしの眼は十年先が見える: 大原孫三郎の生涯 (新潮文庫)

わしの眼は十年先が見える: 大原孫三郎の生涯 (新潮文庫)



  • 作者: 三郎, 城山

  • 出版社/メーカー: 新潮社

  • 発売日: 1997/05/01

  • メディア: 文庫





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