2024年01月28日

日本の一文 30選

岩波新書「日本の一文 30選」(中村明著)を読む。夏目漱石から村上春樹まで文壇の著名作家の文章を取り上げ、その表現テクニックを探る。自ら作家に取材した話も多く「へえ」と驚くエピソードもあった。古今の作家の読書案内としても読めた。


作家ではないが、小津安二郎監督作品「東京物語」のセリフも取り上げてある。妻を失った主人公が遠い海を眺めながら「一人になると急に日が永ごうなりますわい」と漏らすシーン。現代人が失った寡黙の感情表現を表す例として挙げる。


初めに読者をおやっと思わせる奇先法、最後にクライマックスを導く漸層法などレトリックの解説や、短編に同じ言葉が出てくるのは興醒めとして同語の繰り返しを避ける文章上のオシャレ=美意識がかつてはあったことに、作家のプロ意識を感じる。川端康成「雪国」の有名な冒頭「国境の長いトンネルを抜けると雪国であった」は、「こっきょう」ではなく「くにざかい」と読むという説。書いた作家は朗読のことは考えずに書いているらしく、日本語ならではの曖昧さも日本文学の魅力の一つになっていると思う。



日本の一文 30選 (岩波新書)

日本の一文 30選 (岩波新書)



  • 作者: 中村 明

  • 出版社/メーカー: 岩波書店

  • 発売日: 2016/09/22

  • メディア: 新書





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2024年01月27日

会田誠が考える新しい美術の教科書

かつて愛読していた芸術新潮が2月号で「会田誠が考える新しい美術の教科書」という特集をやっていた。会田誠はかつて六本木・森美術館で結構ショックな回顧展を見て、高価なカタログを買おうかどうか迷った思い出がある。そんなわけで久々に芸術新潮を買う。


中学2年生に教える感じでやさしくアート(主に現代美術)の現状を解説する。美術に政治を持ち込もう、美術から性のいろいろを学ぼう、美術でバカ[黒ハート]?万歳など、文科省検定の教科書では触れない部分を大胆に紹介する内容。もちろん中学生は建前なので、大人向けで面白く読めた。美術は美術館の外へ出ていき、便器の展示で有名なマルセル・デュシャンが現代美術(前衛)の起源となったことなど基礎知識を学べた。


ドイツのカッセルという田舎町で開かれる「ドクメンタ」という大規模美術展が20世紀後半の美術の一側面を代表する重要イベントになった。「ZINE」という個人や少人数の有志が非営利で発行する自主的な出版物が広がっていて、自分の個人的な思いや考え、主張を自由な形式で反映した小冊子が都内の書店でも一角を占めているという。歴史と新たな動きを知り、アートの今を探訪してみたくなった。



芸術新潮 2024年2月号

芸術新潮 2024年2月号



  • 作者: 芸術新潮編集部

  • 出版社/メーカー: 新潮社

  • 発売日: 2024/01/25

  • メディア: 雑誌







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2024年01月20日

ハムレット

シェークスピアの「ハムレット」を読む。AmazonのKindleで角川文庫の新訳版で問題の有名な独白は、最も人口に膾炙している「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」を採用している。



2003年世田谷パブリックシアターなどで公演された野村萬斎主演のハムレット用に新たに河合詳一郎さんが訳した。舞台でセリフ回しがリズミカルに行くように野村萬斎が手を入れて台本が完成したという。確かに日本語がこなれていて、舞台の情景が頭によく浮かんだ。


演出はジョナサン・ケント、野村萬斎がハムレット王子で吉田鋼太郎が敵役の叔父クローディアス国王。絵画で題材になってきたオフィーリアの身投げの経緯も初めて知った。久しぶりに古典に触れた。



新訳 ハムレット (角川文庫)

新訳 ハムレット (角川文庫)



  • 出版社/メーカー: KADOKAWA

  • 発売日: 2012/10/01

  • メディア: Kindle版





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2024年01月19日

芝居の面白さ、教えます 井上ひさしの戯曲講座<海外編>

井上ひさしさんの戯曲講座、面白かったので「海外編」も読む。最初に取り上げたのは、かの有名なシェイクスピア。例によって様々な方向へ脱線しながら蘊蓄を存分に語る。読めば、「いや、演劇は素晴らしい」と思う。


シェイクスピアの生没年は、ヒトゴロシ(1564)イロイロ(1616)と覚える。ただ、ウィリアム・シェイクスピアという人物が本当にいたのかどうか、実はわからないのだとか。古来、フランシス・ベーコン、クリストファー・マーロウなど別人説がいくつも語られてきたという。作品はいくつかのプロットが同時に進行し、最後には全てが見事に解決する。井上さんは「ハムレット」とチェーホフの「三人姉妹」を挙げて、世界演劇史の奇跡としている。


To be,or not to be,that is the question.ハムレットの有名な独白は何と訳すべきか。坪内逍遥以来、福田恒存、小田島雄志ら多くは「生きるべきか、死ぬべきか、それが問題だ」としているが、井上さんは前後の文脈から「成り行きに任せるか、それとも自分で動き出すか、それが問題だ」と訳すのが正解ではないかと言っている。ハムレット、ちゃんと読んでみよう。



芝居の面白さ、教えます 海外編

芝居の面白さ、教えます 海外編



  • 作者: 井上 ひさし

  • 出版社/メーカー: 作品社

  • 発売日: 2023/07/19

  • メディア: 単行本





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2024年01月13日

友達

安部公房の戯曲「友達」を読む。男の部屋にいきなり押しかけてきた9人の家族が、善意に満ちた笑顔で隣人愛を説き男を翻弄する。谷崎潤一郎賞受賞の作品。


「一人でいたい」という男に「人は一人で生きていけないんだよ」と、お節介な心配をする押しかけ家族。最初は抗っていた男は次第に「世間」という同調圧力に飲み込まれていく。作品が執筆された頃は、同調圧力という言葉は一般的ではなかったろうが、他者との関係をテーマにそういった現代の不安を描いたのは間違いない。「逆らいさえしなければ、私たちはただの世間にしかすぎなかったのに」。ドス黒い笑いで幕が下りる。


戯曲を読む経験はあまりしたことはなかったが、安部公房の戯曲は小説っぽいところがあり、すんなり頭に入ってきた(井上ひさしはこの安部作品について戯曲としては不満と書いていたが)。この何年か、結構、演劇を見てきたので、ト書きから舞台を想像できた。



友達・棒になった男 (新潮文庫)

友達・棒になった男 (新潮文庫)



  • 作者: 公房, 安部

  • 出版社/メーカー: 新潮社

  • 発売日: 1987/08/28

  • メディア: 文庫





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