井上ひさしの戯曲講座「芝居の面白さ、教えます」を読んだ。仙台での連続講座を収録していて、真山青果、宮沢賢治、菊池寛、三島由紀夫、安部公房の戯曲について、評価を交えた解説をする。それぞれの伝記的事実を存分に語っていて、その蘊蓄に感心した。
中でも宮沢賢治の項は宗教家で科学者で教育者で作家・劇作家である奇人の姿をたっぷり語っている。貧しい東北の農民を何とか救おうとする賢治の多彩な行動の原点が理解できた。賢治の小説における朗誦性についても高く評価していて、村上春樹や吉本ばななの文体も賢治を読み込んでいるはずと分析している。
三島由紀夫の戯曲「鹿鳴館」を解説しながら、自決を知った当時は「あの人は、書くことがなくなったんだ」という感想を持ったと述懐している。いい小説をどんどん書ける自信があれば、作家は自殺しないと。
演劇論としてとても面白く、初めて知ったことが多かった。
・歌舞伎は目で楽しむもので、戸板返しなど派手な演出で「見せる」が日本の演劇の主流だった。
・いい作家・劇作家は自分の文体を持っている。司馬遼太郎は文学的に洗練された文章では入れにくい「これは余談だが」という言葉をあえて挟んでいく。自分で言いたいことを全部言える文体を考えた。
・スタニスラフスキー・システム(心理主義)は役に成り切る。文学座、俳優座、民藝、新劇は全てこのシステムだった。これに対してブレヒトの「三文オペラ」など逆の方法論(表現主義)が出てきた。
いい言葉がいっぱい出てくる一冊。
「やるだけのことやって、いい一生だったと、ニコッと笑ったときに、その瞬間が永遠に固定される。死ぬ瞬間が勝負だと思っている」
井上さんの言う通りだと思った。
2023年12月31日
2023年12月29日
ゴジラ−1.0
ゴジラ生誕70周年記念作の「ゴジラ−1.0」(山﨑貴監督)を見た。舞台は敗戦直後の日本。焼け野原の東京、特攻隊の生き残り、戦災孤児‥‥復興に立ち上がる人たちの前にゴジラが現れ、ようやく賑わいを取り戻した銀座界隈を蹂躙する。
神木隆之介と浜辺美波の朝ドラ「らんまん」コンビ。特攻で死ねなかった負い目、亡くなった仲間たちへの申し訳なさは多くのドラマで描かれてきたが、今作もそのわだかまりがゴジラ退治への英雄的な行動に駆り立てるストーリーになっている。
相模湾の深海に沈んでいくゴジラ。軍国主義、国家主義を怪物に見立てたのは明らかだろう。戦後78年、今またきな臭い動きがある世の中に警鐘を鳴らすゴジラ映画。民主主義を担う我々がヒーローにならなければならない。

神木隆之介と浜辺美波の朝ドラ「らんまん」コンビ。特攻で死ねなかった負い目、亡くなった仲間たちへの申し訳なさは多くのドラマで描かれてきたが、今作もそのわだかまりがゴジラ退治への英雄的な行動に駆り立てるストーリーになっている。
相模湾の深海に沈んでいくゴジラ。軍国主義、国家主義を怪物に見立てたのは明らかだろう。戦後78年、今またきな臭い動きがある世の中に警鐘を鳴らすゴジラ映画。民主主義を担う我々がヒーローにならなければならない。

小説版 ゴジラ-1.0 (ジャンプジェイブックスDIGITAL)
- 作者: 山崎貴
- 出版社/メーカー: 集英社
- 発売日: 2023/11/08
- メディア: Kindle版
2023年12月28日
白鶴亮翅
多和田葉子さんの「白鶴亮翅」を読了。「はっかくりょうし」は太極拳の形の一つで、鶴の羽を広げる動きを表す。在ドイツ作家の体験談かしらと思う人々との出会い、交友のあれこれがユーモアを交えながら綴られる。
隣人に誘われ通い始めた太極拳教室が交流の場。ドイツ人、中国人の先生、南米、フィリピンからの移民など、いろんな出自の生徒がそれぞれの目的を持って集まる。ドイツ人の中にもポーランドやロシアから「引っ越してきた」人もいて、ドイツ人で一括りにできない現実を知る。島国ニッポンより複雑なヨーロッパの民族地図が作品の背景にある。
プルーセン人という今はドイツに吸収されてしまった民族の歴史を辿る隣人のパートナーの話が心に残る。自らのルーツを辿るのではなく、プルーセン人の世界観が好きだからという理由で歴史研究に打ち込む。ロシアのウクライナ侵攻やパレスチナとイスラエルの紛争を思い起こさざるを得ない民族を巡る問題。民族で考えると大昔からの対立や経緯が絡み合い、解決の糸口は見つからないだろう。だから、民族を越えてそれぞれ一人の人間として、隣人として、日々の暮らしをしていけば良いのではないか。作品はそんなことを考えさせてくれた。
以下は、太極拳に関する余談。作品に出てくる二十四式太極拳は毛沢東が命じて作らせた。中国で生まれた武術・太極拳は100を超える形がある。身体を整える(気を整える)ため毎朝行うには時間がかかりすぎるとして簡易版を作ったという。私が東京在住の際習っていた太極拳は台湾の王樹金老師が日本に伝えた世宗太極拳で形が九十九勢ある。基本は最初の十字手までの十四勢。渋谷に道場があるのでご興味のある方はどうぞ。
http://www.taikyokuken.co.jp
隣人に誘われ通い始めた太極拳教室が交流の場。ドイツ人、中国人の先生、南米、フィリピンからの移民など、いろんな出自の生徒がそれぞれの目的を持って集まる。ドイツ人の中にもポーランドやロシアから「引っ越してきた」人もいて、ドイツ人で一括りにできない現実を知る。島国ニッポンより複雑なヨーロッパの民族地図が作品の背景にある。
プルーセン人という今はドイツに吸収されてしまった民族の歴史を辿る隣人のパートナーの話が心に残る。自らのルーツを辿るのではなく、プルーセン人の世界観が好きだからという理由で歴史研究に打ち込む。ロシアのウクライナ侵攻やパレスチナとイスラエルの紛争を思い起こさざるを得ない民族を巡る問題。民族で考えると大昔からの対立や経緯が絡み合い、解決の糸口は見つからないだろう。だから、民族を越えてそれぞれ一人の人間として、隣人として、日々の暮らしをしていけば良いのではないか。作品はそんなことを考えさせてくれた。
以下は、太極拳に関する余談。作品に出てくる二十四式太極拳は毛沢東が命じて作らせた。中国で生まれた武術・太極拳は100を超える形がある。身体を整える(気を整える)ため毎朝行うには時間がかかりすぎるとして簡易版を作ったという。私が東京在住の際習っていた太極拳は台湾の王樹金老師が日本に伝えた世宗太極拳で形が九十九勢ある。基本は最初の十字手までの十四勢。渋谷に道場があるのでご興味のある方はどうぞ。
http://www.taikyokuken.co.jp
2023年12月25日
パーフェクトデイズ
カンヌ映画祭で主演の役所広司が最優秀男優賞を受賞した「パーフェクトデイズ」を見た。小津安二郎を敬愛するヴィム・ベンダーズ監督の作品。東京の公共トイレの清掃人・平山の日常を淡々と描く。静かで穏やかな主人公の日々が繰り返し映し出される。人と社会を映し出す鏡「街角のトイレ」の清掃を完璧にこなしながら、日々のルーチンを繰り返す孤高の男。言葉少ない画面から何を感じとるか。見る人の人生に問いかける、大人の映画だと思った。
文庫本(誰の本か気になる)を読み、フィルムカメラ(オリンパスらしい)で木漏れ日を写し、紅葉の苗を盆栽として育てる。趣味がその人の教養の一端を物語る。過去に何があり、清掃の仕事に就いたのかは想像するしかないが、かつては社会的地位のある人だったのだろう。スカイツリーを仰ぎ見る押上、亀戸(亀戸天神の近くか)あたりが主人公の住まい。渋谷の公園などの公共トイレ(どれも一流の建築家のデザイン)で仕事をし、夜は隅田川を越えて浅草あたりの居酒屋で一杯やる。かつて住んだ東京を思い出しながら懐かしい思いに浸る。
無口な眼差し、光と影、そして車の中で聴くカセットから流れる音楽。70年代のポピュラーが画面に広がる。「朝日のあたる家」はわかったが、あとはあまり知らない曲。きっと主人公の心情を表しているのかな。ラスト大写しになる主人公の顔。特に大事件が起きるわけでもない。ただ気持ちのいい映画だった。
作品で流れる楽曲は以下の通り。
The Animals “House of the Rising Sun”
The Velvet Underground “Pale Blue Eyes”
オーティス・レディング “(Sittin’ On) The Dock Of The Bay”
パティ・スミス “Redondo Beach”
ルー・リード “Perfect Day”
The Rolling Stones “(Walkin’ Thru The) Sleepy City”
金延幸子“青い魚”
The Kinks “Sunny Afternoon”
ヴァン・モリソン “Brown Eyed Girl”
ニーナ・シモン “Feeling Good”
居酒屋の女将、石川さゆりの「朝日があたる家」(浅川マキが歌った日本語バージョン)はさすが。ギターはあがた森魚。
文庫本(誰の本か気になる)を読み、フィルムカメラ(オリンパスらしい)で木漏れ日を写し、紅葉の苗を盆栽として育てる。趣味がその人の教養の一端を物語る。過去に何があり、清掃の仕事に就いたのかは想像するしかないが、かつては社会的地位のある人だったのだろう。スカイツリーを仰ぎ見る押上、亀戸(亀戸天神の近くか)あたりが主人公の住まい。渋谷の公園などの公共トイレ(どれも一流の建築家のデザイン)で仕事をし、夜は隅田川を越えて浅草あたりの居酒屋で一杯やる。かつて住んだ東京を思い出しながら懐かしい思いに浸る。
無口な眼差し、光と影、そして車の中で聴くカセットから流れる音楽。70年代のポピュラーが画面に広がる。「朝日のあたる家」はわかったが、あとはあまり知らない曲。きっと主人公の心情を表しているのかな。ラスト大写しになる主人公の顔。特に大事件が起きるわけでもない。ただ気持ちのいい映画だった。
作品で流れる楽曲は以下の通り。
The Animals “House of the Rising Sun”
The Velvet Underground “Pale Blue Eyes”
オーティス・レディング “(Sittin’ On) The Dock Of The Bay”
パティ・スミス “Redondo Beach”
ルー・リード “Perfect Day”
The Rolling Stones “(Walkin’ Thru The) Sleepy City”
金延幸子“青い魚”
The Kinks “Sunny Afternoon”
ヴァン・モリソン “Brown Eyed Girl”
ニーナ・シモン “Feeling Good”
居酒屋の女将、石川さゆりの「朝日があたる家」(浅川マキが歌った日本語バージョン)はさすが。ギターはあがた森魚。
2023年12月24日
コタツがない家
テレビドラマ「コタツがない家」は今季のドラマの中では秀逸、とても面白かった。最近流行りのマンガが原作かと思いきや、脚本は金子茂樹。あの名作ドラマ「俺の話は長い」の脚本家だった。「俺の‥」と同様、家庭での日常の会話劇なのだが、ちょっとした言い合いがテンポよくて楽しい。
主演は花形結婚披露宴プロデュース役の小池栄子で夫は売れない漫画家役・吉岡秀隆、娘の家に押しかけた居候の父親に小林薫など、ベテランが顔を揃える。ぐうたらな男たちに、できる女たち。配役が実にぴったりハマっていて、まるで当て書きをしたかのよう。家族の幸せって何だろう、理想の結婚、よき夫婦関係って? 登場人物たちがそんな問いを発しながらストーリーが進んでいくが、毎回ちょっとした騒動が発生し、やはりそうかというオチがついてて、最終的には大団円で終わるのだ。
石川さゆりのきっぷのいい主題歌を毎回聴き、久しぶりに通して視聴した。見終わった後の感想は「家族って大変だけど、そこが楽しいんだよな」って感じかな。Tverで最終回を見て、つい涙ぐんでしまった。年末年始に視聴おすすめです。
主演は花形結婚披露宴プロデュース役の小池栄子で夫は売れない漫画家役・吉岡秀隆、娘の家に押しかけた居候の父親に小林薫など、ベテランが顔を揃える。ぐうたらな男たちに、できる女たち。配役が実にぴったりハマっていて、まるで当て書きをしたかのよう。家族の幸せって何だろう、理想の結婚、よき夫婦関係って? 登場人物たちがそんな問いを発しながらストーリーが進んでいくが、毎回ちょっとした騒動が発生し、やはりそうかというオチがついてて、最終的には大団円で終わるのだ。
石川さゆりのきっぷのいい主題歌を毎回聴き、久しぶりに通して視聴した。見終わった後の感想は「家族って大変だけど、そこが楽しいんだよな」って感じかな。Tverで最終回を見て、つい涙ぐんでしまった。年末年始に視聴おすすめです。