遅ればせながら、市川沙央さんの第169回芥川賞受賞作を読む。筋疾患先天性ミオパチーによる症候性側彎症の作者が自らの生活を題材に常日頃思っていること、頭の中の考えを文章に叩きつけた作品だ。100ページ足らずの短編だが、この病気を患っていない人にはわからない苦しさ、体が思うように動かないもどかしさがひしひしと伝わってくる。
作品によると、人工呼吸器を使い電動車椅子で移動する。喉に痰が詰まらないように常に気を付けながら、創作活動を行うのだろう。ケアする人がいるとはいえ、在宅のためスタッフの都合が付かなければ、シャワーも使えない思いをする。障害がある人のケアをするスタッフの人材不足はとても深刻なのだ。
「生まれ変わったら高級娼婦になりたい」という主人公。障害があるなしに関係なく、誰もが平等に暮らせる世の中はまだまだ遠い。ダイバーシティという言葉が日本語に定着するのはいつのことだろう。そんなことをつらつらと考えたが、作者が言いたかったのはこんなことではなかったのだと思う。「せむし」というタイトルからして、自虐的な構えをしながら、世間に一発食らわせる企みがあったのではないか。
2023年10月24日
2023年10月14日
13歳からの地政学
ウクライナにパレスチナ、世界で相次ぐ戦争。地球儀を見ながら地政学という「ものさし」で世界を見る。国際政治の基本のキ、地理的な条件を基礎として世界のパワーゲームを改めて考えるのに、わかりやすい一冊だった。
内向きな、ドメスティックな考えだけではだめ。誰もが世界のことを自分ごととして捉えてほしい。でも、その前に厳しい現実、生活があるんだよなあ。
パワーバランスという言葉がかつてよく使われた。米ソ冷戦から米国1強、多極化、中国の台頭。世界は混沌としている。日本は「大国」の一つであり、世界では少数派の「加害国」でもある。世界の多くの国からそんな目で見られている面もあるとの指摘には、なるほどと思った。
内向きな、ドメスティックな考えだけではだめ。誰もが世界のことを自分ごととして捉えてほしい。でも、その前に厳しい現実、生活があるんだよなあ。
パワーバランスという言葉がかつてよく使われた。米ソ冷戦から米国1強、多極化、中国の台頭。世界は混沌としている。日本は「大国」の一つであり、世界では少数派の「加害国」でもある。世界の多くの国からそんな目で見られている面もあるとの指摘には、なるほどと思った。
2023年10月08日
土を喰らう日々
「わが精進十二カ月」という副題がつく、水上勉の料理にまつわるエッセイ。沢田研二と松たか子の出演で映画になったが、見損なった。その原作ということで文庫本を手に取った。
水上勉という作家は知っていても作品を読んだ記憶がない。子どもの頃は京都のお寺で小僧さんをやっていて、その際に精進料理をしっかりと教え込まれたという。近くの野山で取れるものをいかに使って、目新しい料理を作るか。軽井沢に一人住み、その土地のものを美味しくいただくライフスタイルが静かで穏やかで、土の匂いのように懐かしく心地よかった。
季節ごと、12ヶ月の章に分けて書かれているが、気になったのは、大根の浅漬けと、じゃがいもをすり鉢で擦ったサラダ。何かの折に家でも作ってみるかと思った。
水上勉という作家は知っていても作品を読んだ記憶がない。子どもの頃は京都のお寺で小僧さんをやっていて、その際に精進料理をしっかりと教え込まれたという。近くの野山で取れるものをいかに使って、目新しい料理を作るか。軽井沢に一人住み、その土地のものを美味しくいただくライフスタイルが静かで穏やかで、土の匂いのように懐かしく心地よかった。
季節ごと、12ヶ月の章に分けて書かれているが、気になったのは、大根の浅漬けと、じゃがいもをすり鉢で擦ったサラダ。何かの折に家でも作ってみるかと思った。
2023年10月07日
街とその不確かな壁
村上春樹の久しぶりの新刊「街とその不確かな壁」をようやく読了した。春に買っていたのになかなか手がつかず、今年のノーベル文学賞の発表日に合わせるように読み終えた。新聞では受賞を予想した特集もちらほら見かけたが、結局今年も空振りだった。ベケットの再来と呼ばれる北欧の劇作家に掻っ攫われた。
若い頃に書いた中編を書き直したという作品。世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドの世界をさらに書き込んだという。若い頃にはまだ書ききれなかったが、作家として熟練を重ね、ついに納得のいく作品に仕上がったと、新聞のインタビューでは述べていた。
現実と虚構が入り混じった世界。村上の作品にはよくある。これも現実の問題を浮かび上がらせる(炙り出す)ために虚構のもの(夢の世界)を敢えて持ってくるのだという。自我と影、死者と生きている私たち。過去と現実と未来。いろいろな思いが胸に去来する作品だった。
若い頃に書いた中編を書き直したという作品。世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランドの世界をさらに書き込んだという。若い頃にはまだ書ききれなかったが、作家として熟練を重ね、ついに納得のいく作品に仕上がったと、新聞のインタビューでは述べていた。
現実と虚構が入り混じった世界。村上の作品にはよくある。これも現実の問題を浮かび上がらせる(炙り出す)ために虚構のもの(夢の世界)を敢えて持ってくるのだという。自我と影、死者と生きている私たち。過去と現実と未来。いろいろな思いが胸に去来する作品だった。